こんにちは、店長の鈴木です。

新聞のサイズ『ブランケット判』が、100年前から使われていることを前回ご紹介しました。

新聞のサイズ『ブランケット判』は100年以上の歴史があることに驚き

100年もの間親しまれている「ブランケット判」ですが、”とある時期”に限り、1/2サイズで発行していた歴史があります。

わざわざ半分のサイズで発行した理由は?・・・何なのでしょうか。

このページでは、半分のサイズ「タブロイド判」について、歴史の背景についてご紹介します。

 

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タブロイド判とは?

タブロイド判とは、サイズで言うと「約27cm×40cm」になります。

ちなみに海外の新聞は、この「タブロイド判」が一般的なサイズです。

日本のタブロイド判は海外とサイズが異なる

ちょっとしたトリビア(?)ですが、日本のタブロイド判は、海外のタブロイド判とサイズが異なります。

海外の規格ではタブロイド判は「28.5cm×40cm」。

これに対して日本のサイズは「27×40cm」と、やや少さめサイズ。

日本のブランケット判のサイズは、ブランケット判を半分に折った1/2サイズのことを言います。

この日本生まれのタブロイド判。

現在では使用される機会がないので、お目にかかることができません。

実は日本の近代史上において、「ある時期」に限ってのみ使用されたのです。

タブロイド判を使った背景は深刻な資源不足と教育にあり

新聞の用紙にタブロイド判が使われたのは1947年(昭和22年)のことです。

当時の日本は、終戦を迎えGHQの占領下に置かれた直後。

食料や資源の供給も圧倒的に不足し、深刻な状況のまっただ中でした。

新聞の紙も資源として例外ではありません。

限られた資源の中で復興するには、削れるモノは削るしかありません。

そんな中、学童の教科書を作成するために、GHQが提案したことがあります。

それは、新聞の用紙を半分に節約して、残りで学童の教科書を作るという案。

学童の教科書を作るため、当時の文部省、そして新聞協会会員(116社)が協力し実行されたのです。

タブロイド判で発行された日

タブロイド判が発行された日は1947年の一時期に限られ、実際の日にちは新聞社により異なるようです。

読売新聞の場合、1947年3月から3ヶ月間、週2回をタブロイド判として発行していたようです。

<読売新聞タブロイド判期間>

1947年(昭和22年)

  • 226日、27日、28
  • 3月9日、10日、16日、17日、22日、23日、30日、31
  • 4月4日、6日、12日、13日、14日、20日、21
  • 5月5日、10日、11日、12日、18日、19日、25日、26
  • 6月7

タブロイド判の発行は、月曜、土曜、日曜日が多かったようです。

 

当時のタブロイド判の紙面を購入する場合

お誕生日新聞では、100年以上前の読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、ジャパンタイムズが購入できますので、タブロイド判が発行された1947年当時の新聞もご注文いただけます。

しかしながら通常のサイズとは異なるため、新聞の一部が欠落した状態でお届けとなります。

最後に

正直言いますと、執筆する私が「タブロイド判」の存在を知ったのは、つい最近のことでした。

たまたまタブロイド判の日付をご注文されたお客様から問い合せがあり、調査したところ、上述の歴史的な背景を知りました。

毎日、お誕生日新聞を印刷してますので、人一倍「過去の新聞」にふれあっている身ですが・・・。まだまだ知らないことばかりです。

食料や資源が深刻に不足した1947年。

いまとなっては当時の深刻さを想像することができません。

餓えや将来への不安が募る中で、「教科書を作るため」に工面をした当時の人々がいたという事実は、心揺さぶれる思いがします。

現代が過去の積み重ねでできているのであれば、当時の方々に敬意を払わずにはいられません。

過去の新聞を眺めながら・・・、当時に想いを馳せるばかりです。

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