こんにちは、スタッフの鈴木です。
もう今年も残り数日となりました。改めて1年を振り返るよい時期だと思うので私も今年の反省と頑張ったことをきちんと整理して、来年に生かしたいと思います。
さて、先日は父に「喜寿のお祝い」までにできたら嬉しいことを聞いたのですが、母には「米寿のお祝い」までにできたら嬉しいことを聞いてみました。
女性の方が平均寿命も長いのであえて母には13年後にやってくる「米寿のお祝い」で聞いてみました。
まず1つ目は、生まれた場所の中国大連市に行ってみたいそうです。
母は祖父の仕事の都合で大連市に赴任していた時に生まれました。
第二次世界大戦が始まり、母が生まれるとすぐに引き上げてきたので母は大連の記憶が全くないそうですが、米寿のお祝いまでに行けたら嬉しい、どんなところで生まれたのか見てみたい、と言っています。
当時とは随分様変わりしていると思いますが、やはり自分の生まれた土地ですから一度は自分の目で確かめたいという母の気持ちはよくわかります。
2つ目は、フェリーの「さんふらわあ」に乗って九州を旅行したい!
だそうです。
「米寿のお祝い」を迎える頃にはそんな風にゆっくりした時間を船で旅するのもよいですよね。
どうして「さんふらわぁ」で九州なの?と聞いたところ小学生の頃、海岸でフェリーの「さんふらわあ」が航行しているのが肉眼で見え、とても憧れたから、とのこと。
小さいころの思い出や感情っていくつになっても鮮明に覚えているものですね。
「米寿のお祝い」までにはさんふらわあ、そして100歳のお祝いまで生きていたら、豪華客船で世界1周してみたいそうです!
ぜひ夢を叶えてほしい!!私も協力しようと思います。
そして、3つ目は、愛媛にいる親戚の叔父さんに会いに行きたいそうです。
「米寿のお祝い」まででなくてもすぐに行けそうなものだろうと思うのですが母も父の世話や婦人会のお付き合い、近くに住む兄弟の手助けなどで忙しく、親戚の叔父さんも体調があまりよくなく入退院を繰り返しているので中々日程が合わず会えないでいます。
いつも叔父さんと母は会えないのでせめてもと叔父さんは母の大好きなおミカンや讃岐うどんを、母は一人暮らしの叔父さんのために衣類などの日用品、手編みのマフラーなどを送りあっています。
母は叔父から荷物が届くと毎回とても嬉しそうに開けています。きっと叔父さんもそうなんだろうなぁと思うと何だか心が温かくなります。もう10年は会っていない二人。米寿のお祝いとは言わずもっと前に会わせてあげたいです。
今回、父には「喜寿のお祝い」、母には「米寿のお祝い」までにしたいことを聞いたのですが二人に共通したのは「小さい頃」の思い出や感情が年を重ねても大きく心に残っているということです。
母は「生まれた土地」への旅行、小学校の頃に見て憧れた客船に乗る、ということで自分のたどった道や今までの人生を振り返る機会を自然と求めているのかなぁ、なんて私は思いました。
きっと人それぞれ「米寿のお祝い」までにしたいことがあるんだろうなぁ、と私が米寿のお祝いまでに何をしたいかちょっと考えてみましたが、少し先すぎて、、まとまりませんでした。(笑。
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店長の鈴木です。
お祝いの悩みなら何でもござれ!この道10年のベテランです。
特技は昔の新聞を見ただけで年代を当てられることです。