1974年(昭和49年)はどんな年だったの?
最終更新日:2024年8月5日
1974年
昭和49年・寅(とら)
生まれの方は今年(2024年)
50歳 知名(ちめい)です
戦後初のマイナス経済成長だった、1974年。一世風靡した巨人の長嶋茂雄選手の引退や、佐藤栄作のノーベル平和賞受賞、コンビニエンスストア「セブンイレブン」第1号店が開店するなど、華やかなニュースがあったんだ。一方では、過激派による連続企業爆破が起こって、世間を震撼させたんだって。
また、スプーン曲げで有名なユリ・ゲラーの来日で、超能力・オカルトブームが巻き起こった年でもあるんだよ。
ここからは、1974年(昭和49年)に起こった主なニュース3つをくわしく紹介するね!
目 次
1974年の主なニュース
ミスター巨人、長嶋茂雄選手が引退
1974年10月14日、巨人の背番号3番、長嶋茂雄選手が引退。多くの記憶に残るプレーを球界に運んでくれました。引退試合は東京・後楽園球場で開催され、試合後のセレモニーでの「わが巨人軍は永久に不滅です」のフレーズは今でも多くの人々の心に刻まれています。
たくさんのファンに惜しまれつつ、プロ生活17年の輝かしい選手生活に幕を閉じたのです。成績や技術力はもちろん、長嶋茂雄選手独特なパフォーマンス力も人気の秘訣だったのかもしれません。
ノーベル平和賞を佐藤栄作が受賞
1974年、佐藤栄作元総理大臣が日本人で初めてノーベル平和賞を受賞しました。ノーベル平和賞受賞にあたってさまざまな憶測がありますが、「核を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を宣言し、アメリカなど5カ国以外の核兵器保有を禁止するNPT(核拡散防止条約)に署名したことが受賞の大きな理由だったということです。
受賞の3年前の1971年8月、現職の総理大臣として初めて広島平和記念式典に出席。さまざまな思いと向き合い、政治的任務を果たした偉大な人物像も、大きく評価されたのでしょう。
「セブン-イレブン」第1号店が開店
1974年5月15日、東京都江東区豊洲でフランチャイズシステムを本格的に採用した、「セブン-イレブン」第1号店が開店しました。
オープン初日、開店と同時に多くのお客さんが訪れ、最初に売れた商品は「サングラス」だったということです。
この記念すべき第1号店は当初、朝7時〜夜11時までの16時間営業で、もともと山本茂商店という酒店でした。現在でも豊洲駅近くヤマケンビル1Fに「セブン-イレブン 豊洲店」として営業されています。
<その他、1974年のニュース・出来事>
ガッツ石松がボクシングWBC世界ライト級王座に
超能力ブーム
志村けんがザ・ドリフターズに正式加入
アメダス(気象庁自動気象データ収集システム)が運用開始
小野田元陸軍少尉をルパング島で救出
1974年のテレビ番組
新春オールスター大運動会
ザ・ボディガード
ウルトラマンレオ
がんばれ!!ロボコン
霊感ヤマカン第六感
1974年の流行歌
襟裳岬/森進一
うそ/中条きよし
くちなしの花/渡哲也
母に捧げるバラード/海援隊
恋のダイヤル6700/フィンガー5
1974年の映画
燃えよドラゴン
エクソシスト
ダーティーハリー2
華麗なる一族
山口組外伝・九州進攻作戦
1974年のファッション
ツインセーターブーム
ブリーチドジーンズ
スリーピーススーツ流行
1974年の流行語
巨人軍は永久に不滅です
ゼロ成長
ストリーキング
死んでもやめぬ
青天のヘキレキ
1974年生まれの著名人
3月26日生まれ
有吉 弘行(タレント)
5月31日生まれ
和泉 元彌(狂言師)
6月4日生まれ
華原 朋美(歌手)
8月17日生まれ
室伏 広治(ハンマー投げ)
10月8日生まれ
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